前回ママ友は必要かという記事を書きましたが、新たな展開が発動しましたのでお伝えしていきたいと思います。
「ママ友はいらない」と決断したら候補が現れた話
6月の事です。近所、子供が一緒に遊びに行くお友達ができた。
私は知らない人だけど、子供は帰りのコースが一緒で、よく迎えに来ていたママさんだったようで、何度か一緒に帰っても来てたようです。
「いつでもおいで」と言うオープンなママ友への戸惑い
友達のお母さんは「いつでも遊びに来ていいよ」というオープンな人らしい。
ですが、私はいつでも遊びに来られたら、苦痛に感じてしまうタイプ。自分とは「全然違うタイプの人なんだなーー」って感じた。若干、戸惑う。
子供が遊びに行くということは、必然的に親とも関わりを持つということだ。「私にもついにママ友ができるのかーー???」
毎日会うのはシンドイ…「私自身の心のルール」と向き合う葛藤
お友達の家で遊んだ後は、ママさんが自分の子供と3人で、歩いて3分位程の我が家まで送ってくれます。とてもありがたいことです。
しかしながら、私は結構ストレスだったりする。1日でも2日おきでも、「毎日人と会わなきゃいけない感覚」に苦痛を感じてしまって・・・しんどくなる。
長年さまざまな経験をしてきた私にとって、人付き合いに距離を置くことは自分を守るための「心のルール」でもありました。人と接することは、やはりつらいものです。でも「少しずつ私も相手を受け入れて、成長していく時期がきたのかもしれない」とも思っていました。
「うちの子と遊ぶことで、私と関わることで、私の悪口の材料を探しているんじゃないか?」という気持ちに襲われるからだ。ママさんとは話は弾まない。きっと、気も性格も、安心できる距離感も違うのだろう。
遊べないときは理由もいちいち言わなきゃいけないことも苦痛でしかない。そっとしておいてほしい。今までの生活で人に何でもベラベラ話すような人生を送ってきてはいないため。
一応、家に送ってもらった時に、ママさんにも話してみた。
「毎日遊びに行ったら、精神疲れませんか?大丈夫ですか?ママ「無理な時は無理っていうし、大丈夫」へぇ~~~~その言葉を信じてみることにした。子育ても3人目の人みたいだから安心かな??トラブルが起きたら誠実に対応しよう。
自分は受け入れようと努力したが相手が離れて行った話
怒涛の遊ぶ日々はおわり、最後の週は遊ばなくなり我が家に平和が戻ってきました。
私の心と部屋に踏み込まれた戸惑いと、訪れた我が家の平和
しかしながら、遊ばなくなったのは子供の意志なのかはわかりません。あちらの子供が私の家に来た時の様子や、子供になぜ注意したかは向こうの親には話していませんから。
私に怒られた事だけを伝えたのなら、「親が遊ぶのを辞めな。」といったかもしれませんし。「遊んでみて違う」と感じたかもしれませんし、理由は分かりません。
ただ、心にも部屋にも土足で踏み込んできて、大変戸惑いました。私はそれでも「受け入れよう、歩み寄ろう」と努力したけど、結果的にあちらから離れて行っちゃったのかなぁ・・・・って。
なぜ離れていった?理由を考えて心が苦しくなってしまうとき
いきなり受け入れるのもきついし、どうしても色々と勘ぐってしまう。そんなことがグルグル頭を回って、なんか苦しい・・・。
私はこの感情にこう決着をつけました。
近所に遊びに行く友達ができた。子供が遊びに行くということは必然的に親とも関わりを持つということだ。
まとめ:結果に一喜一憂しなくていい。一歩踏み出した自分をほめよう!
怒涛の6月だったが、「戸惑いながらも受け入れること」を努力しました。
実らなかったけど、生活の平和と安泰を取り戻した今、これは子供や自身にとっても成長と、学びの場であったと感じている。
「ママ友はいらない」と決断したら、候補が現れた。私は自身の心のルールを守りながらも、展開を見守り、受け入れようと努力はした。
ママ友にはなれなかったが、結果だけに目を向けず、努力した自分をほめましょう。
結果だけに目を向けて、落ち込むことはやめましょう。努力が実らなかっただけ。
受け入れてまた次へどんどん進んでゆきましょう!!!!!!
